Indianapolis Colts(インディアナポリス・コルツ)
2024-11-04 / 343 view
ボルティモアからインディアナポリスへ
インディアナポリス・コルツは、元々ボルティモア・コルツとして1953年に設立された。ボルティモア・コルツは、NFLとAFLが統合された1970年にAFLに移り、統合後初のスーパーボウルでダラス・カウボーイズを下してチャンピオンに輝いた。しかし、1978年以降、チームは長い低迷期に入り、ついには、州議会からチームの権利をボルティモア市に与える宣告がなされ、オーナーは新たな本拠地を求めてインディアナポリスに移動する。後に、ボルティモアには、クリーブランド・ブラウンズが移り、ボルティモア・レイブンズとして発足することになる。一方、インディアナポリス・コルツ(以下、コルツ)にとって転機となったのは1998年のドラフトでのクオーターバック(QB)ペイトン・マニング獲得だった。チームは、2003年から5年連続で地区優勝を果たし、2006年にはスーパーボウル制覇を成し遂げるなど躍進した。2009年には再びスーパーボウルに進出し、ニューオーリンズ・セインツに敗れたものの、強さを見せつけた。しかし、2011年には十数年ぶりに最下位に転落、マニングを解雇するなど大幅なチーム改造を行った。
史上最高のQB
コルツの名選手と言えば、なんといっても名QBペイトン・マニングだろう。マニングは、初年にパスを326本成功させ、新人QBのNFL記録を打ち立てた。また、1998年から2010年まで、全試合先発出場を続けるなど、プレイにおいても精神面においてもコルツの支柱であり続けた。シーズンMVPに五度選出され、オールスターMVPとスーパーボウルMVPに一度ずつ輝いている。ニューイングランド・ペイトリオッツのQB、トム・ブレイディと並び「史上最高のQB」と称される。2011年は、負傷に苦しみ、結果的にコルツを退団、デンバー・ブロンコスに移籍した。しかし、バスケとカーレースの町だと言われていたインディアナポリスが、アメリカンフットボールに熱狂するようになったのは、マニングの活躍によるところが大きいとされる。
現在、所属している中で注目の選手は、マニングの後任としてコルツの新QBとなったアンドルー・ラックだ。2011年のシーズン後、深刻な不調への反省から、多数の選手を放出したコルツであったが、ドラフト1位で入団したラックはペイトン・マニングの新人パス成功数を更新するなど大活躍し、プレーオフ進出を果たした。
勝利へ驀進する雄馬軍団
「コルツ(Colts)」には、「若い雄馬」という意味があり、ロゴは馬の蹄鉄を表している。ユニフォームはイメージカラーのロイヤルブルーとホワイトからなる爽やかなデザインが特徴で、ヘルメットにはロゴが両サイドに配置されている。ファンのコミュニティは「Stapede Blue」と呼ばれ、「殺到する青」というような意味がある。
また、コルツにもファンを熱くさせる他チームとのライバル関係がある。最も白熱するのは、ペイトリオッツとの一戦だ。コルツとペイトリオッツのライバル関係は、そのままペイトン・マニングとトム・ブレイディのライバル関係からなっている。マニングの退団により、ライバル関係は終わるかに思われたが、コルツのQBラックの台頭により両チームの激突は新たな局面を迎えていると言えるだろう。